75年の社歴 印刷の歴史と歩み
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活版印刷から60年。
戦後すぐの1949年、社会進歩を求める幅広い運動の宣伝と出版を支えるため、
多くの皆様の共同出資によって設立されました。
以来75年余、この札幌で印刷業を中心に
地域に根付いたさまざまな運動や企業・団体の皆様に支えられ今日を迎えることができました。
この間に印刷は、目まぐるしい社会の変化をそのまま映し出すように急速な変化を遂げてきました。
活字を1字1字拾っての活版印刷からオフセット印刷へ、
コンピューター制御の組版からDTPへと。
そしてITとウェブを駆使した情報産業へと大きく変貌する中で、
技術を取り入れ、お客様のご要望にこたえる体制を絶えず作り上げる努力を重ねてきました。
その時々の技術と設備を活用して、皆様の運動や企業活動を支える役割を担っていきたい、
これが私たちの変わらぬ立場です。
時代時代にノウハウとツールは変わっても、情報(想い)をカタチにして伝えることを大切にして
皆様のお役に立っていきたいと願っています。
1940年代
1947 大輝印刷工業有限会社創立
1949 札幌に移転、社名を「北海道機関紙共同印刷所」に改める
1950年代
1950 札幌で操業開始
1952 1月29日、資本金100万円で株式会社登記、この日を創立記念日とする
1959 創立10周年記念式典
1960年代
1960年代前半は原稿から活字を1字1字拾っての組版作業、活版印刷機は手で紙を給紙して印刷、製本はほとんど手作業、この時代は職人の技が印刷物制作を支えていました。
1960年代後半は鉛の活字から手動写真植字といわれる紙の版に組版するシステムに進み、印刷は活版印刷からオフセット印刷へと大きく変化しました。グーテンベルク以来500年続いた活字による組版と印刷が、急速な技術革新により「革命」的な大転換をとげました。
1962 第2次基本政策で社是の確認、設備近代化
3カ年計画決定
1964 写真植字、写真製版部門を新設
1965 北区北6西7に社屋(旧)完成
1966 旧社屋落成記念式典、マリノニ式全判新聞輪転機を導入
1970年代
手動写植機から、専用の入力機で文字を入力し大量の印字をコンピューターで制御する電算写植機が出現しました。多様なフォントやポイントを印字することはできませんでしたが、1字1字打っていた手工業的作業から一気に大量の文字を扱うことができるようになり、印刷にコンピューターが入ってきた草分けとなりました。カラー画像の処理はフィルム製版作業で行っており、電算写植で文字組版を行い、製版作業で画像と合わせ印刷の刷版を作製していました。これから急速なコンピューター化が進むことになります。
1970 高速新聞輪転機2台連結を新設
1971 全自動モノタイプ導入
1973 オフセット輪転機(2色/2色)新設
1974 高速新聞輪転機3台連結増設のため、発寒に第2工場建設
創立25周年記念式典
1975 オフセット印刷化のため印刷機を増設
凸版製版を廃止
1977 清田印刷所を合併し、せいだ営業所として開設
新聞組版清刷機開発
1979 活版印刷機廃止
創立30周年記念祝賀会
オフセット菊全2色機増設
カラースキャナー導入
1980年代
1980 電算写植機導入
せいだ営業所に菊半4色機導入
カラー物の自家生産開始
1981 社名を現在の「北海道機関紙印刷所」へ変更
1986 発寒工場の新聞輪転機更新
1989 本社に菊全4色機を新規導入
電算システムを写研に全面更新
1990年代
1990年代に入り、マッキントッシュが急速に普及してきます。マックの大きな特徴はこれまで別々に扱ってきた文字と画像が同時にコンピューター上で扱えるようになったことです。画期的な技術革新によって組版と製版が融合して一つの作業となり、Desk Top Publishing(DTP)として、現在までとどまることを知らない発展を遂げていきます。
1992 カラースキャナー更新
オフセット輪転機(2色/2色)更新
1993 DTP組版、Macの新規導入
製本設備全面更新(無線綴じ機、中綴じ機、折り機、丁合機)
自動面付け機導入
1995 新聞組版をDTPにより全面デジタル化
製版設備全面デジタル化による新規設備(カラースキャナー2台、モノクロスキャナー 1台、製版編集ソフト、イメージセッター、ネットワークとサーバーなど)
1997 書籍組版を全面デジタル化
新聞輪転機更新と新聞印刷の新工場建設を決定
1999 新聞印刷新工場を米里に建設
2000年代
コンピューターからケータイ、ブログ…etc.多様な情報媒体が出現しては消え、ITとウェブ(情報技術と情報通信技術)の爛熟期の様相です。
私たちが心地よくシンプルに生活するためのツールとして選び出し、企業活動や運動の広がりのために活用できるようご一緒に探求していきたいと考えています。技術は人と地球のために使われるのを待っているはずです。
2000 ウェブ時代に対応するため、メディア事業課を発足
カラーコピー機を導入
2002 大判インクジェットプリンター導入
2004 モノクロオンデマンド機を導入
2005 製版サーバー、ネットワーク全面更新
本社CTP(データから直接印刷版を出力するシステム)導入
2007 カラーコピー更新
2008 中期4カ年計画を策定
本社社屋移転と印刷新体制の構築を掲げる
DTP更新
2009 創立60周年
米里工場CTP導入
2010年代
2013 本社CTP更新
移転先を手稲工業団地と決定
2014 創立65周年
手稲区曙に新社屋完成、移転
無線綴じ機 Horizon BQ-470 導入
B半裁単色機 RYOBI 741S 導入
A全判高速オフセット4色印刷機 RYOBI 924(LED-UV搭載) 導入
A全判高速オフセット2色印刷機 RYOBI 922P 導入
2017 封筒印刷機 RMGT 340CR-1 導入
2018 丁合・中綴じ機
Stitch Liner MarkIII 導入
2019 創立70周年
2020年代
0000 米里工場印刷機更新
2023 営業部メディア企画課と工務部制作課の部署合併に伴い営業推進部を発足
ApeosPro C810とApeosPro 2570を導入
2024 創立75周年